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年功序列について

本日の日経新聞社説に「グローバル化が崩す年功序列制」という記事が書かれました。

日立製作所が先日、国内の管理職約1万1千人について年功要素を無くす決定をしたことを受けての内容です。

 

さて、この年功序列の改革は良質な人材をグローバル化の中で確保するために語られがちですが、もう一つ重要な要素があります。

それは、日本の年功序列社会は、その企業文化に長くいてその文化が当たり前だと思う人が順番に昇進してゆきますが、それは「安定」をもたらす代わりに「変化しない」という選択肢を実際は選んでいることです。

日本の企業は、外部から頻繁に幹部を呼んで仕事を任せるということをしません。

それは、村社会ルールを知らない人を幹部に入れると、社内の既得権者の地位を脅かすからです。

 

日本の企業は、高度成長期に人口ボーナスによる恩恵を受けて急成長しました。

その中で重視されたのは、組織としての統制力で上から下への一方通行の力でした。

進む方向が決まっていれば非常に効率的なシステムです。

但し、今の世界はどのようになっているのでしょうか。

 

現在世界は非常に速い速度で変化しつつあり、若い人でも新しい技術の進化へ興味を持つ人と持たない人に二極化しているように見えます。

中年以上の人は尚更、新しい技術や変化についてゆくことは困難でしょう。

現在IT技術は一つの産業であることを超えて、世界全体を変えてゆく技術になりつつあり、IT産業という言葉は無くなって全ての産業でIT革命が起こると言われています。

 

このように変化が速い世界で求められる企業とはどのような企業でしょうか。

それは、当たり前ですが変化できる企業になることです。

会社幹部の流動性を持たせるために、外部から幹部へ優秀な人を登用し任せることが必要です。

しかし、オリンパスの不祥事問題のように、せっかく外部から人を呼んでも、村社会の独自ルールで縛り付けてしまえば、全く変わることは無いでしょう。

 

高度成長期に人材確保のために年功序列・終身雇用の流れが出来、東京オリンピックから50年になる現在は、会社に在籍するほとんどの人は、それが当たり前になっています。

しかし、変化してゆくには、ありきたりの意見ですが多様性とチャレンジが必要です。現在の「会社の幹部同士の足の引っ張り合い」と「自分たちの村社会の維持」を中心とする会社運営をしていては、外からいくら幹部を呼んでも、社外取締役を呼んでも変わりません。

 

未だに「村社会のルール」で評価している場合ではありません。人材だけグローバル人材を取ろうとしても業務を任せる範囲と目標を明確化して、実際の実績で評価するという、「当たり前のこと」をしっかり変えて行かなくてはいけません。

いくら社長のお気に入りだとか、幹部みんながあいつは社長候補だとか言っても、

毅然として実績で評価する勇気が必要です。

しかしそれは、おそらく会社の幹部の自己否定になるので出来ないでしょう。

 

そうしたら日本はこのまま衰退してゆくのでしょうか。

余程自浄能力のある企業や、自動車産業など日本人と相性が良い産業以外は、厳しくなって行くでしょう。